クラリスロマイシン(CAM) ・10~15mg/kg/日 1日2~3回・百日咳の適応がある
▲図1.エリスロマイシンAの構造式
14員環マクロライドとしてはエリスロマイシンのほか、クラリスロマイシンやロキシスロマイシンなどがあり、15員環マクロライドとしてはアジスロマイシン、ツラスロマイシン、ガミスロマイシンなどが、16員環としてスピラマイシン、タイロシン、チルミコシン、ミロサマイシンなどが知られています。
一般的にマクロライドは肺への移行性が良いことから主に呼吸器感染症の治療薬として使用されており、主にブドウ球菌などのグラム陽性菌やマイコプラズマ、クラミジアなどのほか、ヘモフィルスやカンピロバクターなどの一部のグラム陰性菌に対して抗菌力を示します。その機序は、細菌のリボソームの50Sサブユニットに選択的に結合し、ペプチド転移反応を阻害することにより、タンパク質合成を阻害することによります。また、リンコマイシンやクリンダマイシンなどのリンコマイシン系抗生物質は、マクロライドと化学構造はまったく異なるものの、作用部位及び作用機序はマクロライドと同様で、リボゾームの 50Sサブユニットに結合してペプチド鎖の伸長を阻害するため、マクロライドとの交差耐性や作用部位の競合が認められ、作用部位が同じストレプトグラミン系と合わせて、Macrolide-Lincosamide-Streptogramin B class(MLS)とも称されています。
一方、マクロライドは先に述べた微生物に対して抗菌力を示すほか、様々な機能を有していることが知られています²⁾。例えばエリスロマイシンは抗菌作用以外にも消化管運動機能亢進作用を示すことです (表1) ³⁾。
クラリスロマイシンの即放錠または懸濁液に対して,影響を及ぼさない ..
これは消化管蠕動ホルモンであるモチリンのアゴニストとして作用することによります。このことからエリスロマイシンとその誘導体をモチリン受容体作動薬(モチライド)と称されることがあります。モチライドとしてのエリスロマイシンは、感染症治療に用いられる用量より少量で十二指腸平滑筋のモチリン受容体に結合し腸管蠕動運動を起こすとされています。またエリスロマイシンは難治性である慢性のびまん性汎細気管支炎に有効であることが知られています。
この病気は、肺胞に繋がる気管の末端である呼吸細気管支を中心に慢性の炎症を起こす病気で、発症の詳しい原因は分かっておらず、治療法も確立していませんでした。1987年に日本の医師が理由は分かりませんがエリスロマイシンを少量長期投与することで症状が改善することを報告し注目されました。当初は学会発表も不評で無益な治療と批判を浴びたようでしたが、追試でもこの治療法の有効性が確認されました。この作用は本来の抗菌作用ではなく、慢性気道炎症を取り巻く免疫炎症細胞を介する抗炎症作用を誘導することで、好中球の血管内皮への接着を抑制したり、IL-8の遊離を阻害することによるとされています。現在では気道炎症の改善を目的に、マクロライドの少量長期療法(半年から2年以上服用)が一般的な治療法となっています。一人の医師の奇想天外な治療法が難病に一筋の光明を与えた事例として大変興味深く思われました。
さらにマクロライドの細菌に対する作用で注目されるのは、本来抗菌作用を示さない緑膿菌に対して低濃度の接触により、病原性の発現を制御することです。これはクオラムセンシング(Quoram sensing)機構と呼ばれ、生体内で緑膿菌が自らの数が優位になったということを感知して、病原因子の発現を一斉に開始するシステムになります(図2)。
▲図2.緑膿菌におけるクオラムセンシング機構の基本構造⁴⁾
緑膿菌の持つI遺伝子は、autoinducer合成酵素によりホモセリンラクトン(HSL)と呼ばれるホルモン様のautoinducerを合成します。HSLは細菌外膜を自由に通過できる分子で、環境中の細菌濃度が低い場合は希釈され生物活性を示しません。
ところが、緑膿菌の増殖が進むと菌体内外のHSL濃度が高まり、R-遺伝子産物(転写活性化因子)の結合が加速します。この複合体が標的遺伝子の転写制御領域に結合して、各種の病原因子な遺伝子の発現を促進することになります。その結果、菌体毒素の産生を抑制したり、バイオフイルムの産生を抑制したり、菌の細胞への付着を抑制することになるのです⁴⁾。また、HSLは生体細胞に対しても重要なシグナルを送り、IL-8産生を誘導したり、TNF-αやIL-12の産生を抑制することも報告されています。このような緑膿菌の病原性発現に関与するクロラムセンシング機構に対して、15員環マクロライドであるアジスロマイシンが抑制効果を示すことが知られています(図3)⁵⁾。
[PDF] 経口エリスロマイシンは EMRにより低下した胃運動を亢進させる
マクロライド系抗生物質はは細菌に取り込まれた後、細菌の細菌のリボソームの50Sサブユニットに特異的に結合して、タンパク質合成の中の後半部分である転座(A部位がP部位に、P部位がE部位へ移動する反応)を阻害してをストップさせる。
▲図3.アジスロマイシンによる緑膿菌のクオラムセンシング機構に対する抑制効果
A:アジスロマイシンのHSL抑制効果
B:アジスロマイシンのrhlAB遺伝子とエラスターゼの抑制効果
アジスロマイシンを緑膿菌の培養液に加えるとHSL量が低下し、クオラムセンシング機構に関連する遺伝子を抑制して、病原因子の一つであるエラスターゼの産生を抑制します。また、この時に外来性にautoinducerを添加すると、部分的に遺伝子とエラスターゼの発現が回復しており、アジスロマイシンの抑制効果が確認されています。このことは病原細菌が生残するものの、病原因子を発現できない新たな感染症治療薬の開発戦略を提供することになりました。つまり、これまで感染症治療薬といえば原因菌に対しての抗菌作用に注目してスクリーニングしてきたのですが、病原性の発現制御による新たな治療薬の可能性を示したことで注目されます。
[PDF] 論文題目 マクロライド系抗生物質の気道上皮細胞に及ぼす影響
1952年に実用化された最初のML薬である14員環系のエリスロマイシン(EM)は今も使われていますが、抗菌活性や消化管吸収性がやや低く、それを改善したものとして1960年代に16員環系薬が相次いで開発されました。さらに、EMの胃酸に対する不安定性や組織移行性の低さ、抗菌活性や抗菌スペクトラムが狭いなどの弱点を克服したのが1990年代以降のニューマクロライドと称されるML薬であって、14員環系のクラリスロマイシン(CAM)、15員環系のアジスロマイシン(AZM)などがあり、今日のML薬の主流となっています。
マクロライド系抗生物質は14員環or15員環or16員環ラクトンに、ジメチルアミノ糖がグリコシド結合した構造を持っている。
クラリスロマイシンの物理化学的性質を応用した新規徐放性製剤の設計と評価 ..
ML薬が種々の生理活性を示すことは以前からよく知られています。広義のML薬には、抗真菌薬や免疫抑制薬が存在しますが、狭義のML薬にも種々の生理作用があります。消化管運動ホルモンのモチリンに類似した消化管運動機能亢進作用と共に、免疫炎症細胞(好中球、リンパ球、マクロファージ、肥満細胞 等)を介する抗炎症作用がよく知られています。後者の端緒は、1980年代に始まったびまん性汎細気管支炎(diffuse panbronchiolitis;DPB)の例に対するML薬の少量長期投与ですが、DPBの疾患概念は1969年に日本で確立しています。DPBは40~50歳代に多く発症し、呼吸細気管支に広範な炎症が起こって、持続性の咳、大量の痰、息切れ/呼吸困難を生じ、最終的には緑膿菌感染に移行して、5年生存率が50%前後だった指定難病です。通常の1/2~1/3の量のML薬を長期投与することによってこれらの症候は緩やかに軽減・改善し、現在の5年生存率は90%以上になっています。緑膿菌に無効なML薬であっても奏効するのはもちろんその抗菌作用によるものではありません。ML薬の持つ毒素産生抑制作用、エラスターゼ等の酵素産生抑制作用、細菌が産生するバイオフィルム産生の抑制作用、バイオフィルムの破壊作用、菌の細胞付着抑制作用によると考えられていますが、さらに最近では、細菌のQuorum-sensing機構(細菌が自己の存在密度を感知して病原性の発現を調節するメカニズム)を抑制する作用も知られるようになり、ML薬の多彩な生理活性には興味が尽きません。